031-本気。

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50過ぎたオンナにとって、
年若いオトコの褒め言葉は、麻薬に等しい。

「僕は、ミオコさんの性格も顔もスタイルも、全部が好き」

「笑顔が可愛くて、時々、年上なのを忘れちゃいます」

「抱きしめてるとき、キスしてるとき、本当に幸せ」

私が自分の身体を貧弱呼ばわりすると、
ムキになって怒ってくれる。

「ミオコさんの身体は、スレンダーって言うんだよ」

アツシさんの言ってくれる言葉のすべてが、
長い間恋することを忘れていたいた私には、あまりにも甘すぎた。
彼の言葉が、態度が、何よりセックスが私を瞬く間にかえてゆく。
やっと巡りあえた、年下の恋人。
朝から晩まで、彼のことしか考えられない。

毎日のメールの内容も、どんどん過激になってゆく。

《僕と会えないときは、僕を思ってオナニーしてね》

《昨日も、アツシさんのこと考えながらいっぱいしたよ》

《早くミオコさんに会いたい》

《私も、我慢出来ない》

誰にも見せられない、欲情したメールのやりとり。
二人の間で、いくつかの取り決めが出来ていた。
私のメールに、一日一回は返信してほしい。
ただ、クルマで外回りのアツシさんは、
一日の仕事が終わった時でかまわない。
なるべく予定を合わせて、月2回は会えるようにする。

けれども、最初のうちこそうまくタイミングがあったものの、
二人ともフルタイムで仕事をしているうえに、
アツシさんの仕事は、私が考えていた以上にハードだった。
働き盛りの40代だから仕方ないんだけど。
メールを待つ時間がどんどん苦痛になってゆく。
9時、そろそろメール来る頃かなぁ。
10時、今日は忙しいのかなぁ。
11時、アツシさん、なんかあったんじゃないかな。
時計ばかりが気になって、やたらと落ち着かない。
とにかくメールがないと、一日が終われない。

《お疲れ様、今やっと終わりました!》

アツシさんからのメールが届いて、初めて安堵する。
アツシさんと、ちょっとでも話せた嬉しさ。
アツシさんが、一日無事に終えられた喜び。
そんな気持ちを噛み締めながら、長い一日がやっと終わる。

〈これって、まるで恋じゃない〉

アツシさんに夢中になりすぎて、本末転倒なコトになっていた。
もちろん、好きになれる人は絶対条件だったけど、
私はこんなに切ない恋がしたかったんじゃない。
もっとドライな気持ちで、セックスする相手を探していただけなのに。
メール待ちで頭がいっぱいで、何も手につかないなんて。馬鹿みたい。
でも、真面目で誠実な人柄にどんどん惹かれていく気持ちが止まらない。
アツシさんと会うようになってから、少しずつ身体にも自信が持ててきた。
けど長い間、自分で欠陥品と思い込ませてきた気持ちは、容易には消えない。
そんな気持ちをメールにすると、アツシさんはすぐに返事をくれる。

《ミオコさんは、欠陥品なんかじゃないですよ》

《二度目に会ったとき、エレベーターの中で、僕のがどうなってましたか?》

《ミオコさんが欠陥品なら、あんなふうにならないよね(笑)》

ただただ、嬉しかった。
思うように会えないうえに、返信が来なかった日もあった。
私は、ずっとメールを待ち続けて心配していたことを言うと、
翌日、長いメールが届いた。

《心配かけてすみません》

《会えない理由を仕事にかこつけて、あれこれ言ってたけど》

《ミオコさんの気持ち考えたら、僕の言い訳でしかないですね》

アツシさんは、おこずかいの額と内訳を包み隠さず書いてくれた。
男の人にとっては、本当に言いたくないことだったと思う。
お子さんが3人で、住宅ローン払ってて、
余裕のある人なんてそうそういない。
そんなことは、私だって薄々はわかっていた。
でも、少しでも多くアツシさんに会いたがる私に、正直に話してくれた。
長い長いメールだった。

《僕の靴は底が薄くて、背伸びしてもすぐ無理がきちゃうみたいです》

涙が止まらなくなってしまった。
誠実で、正直で、とにかくまっすぐな男。
自分でも「昭和な男」と言って笑う。
嘘がつけなくて、一本気な人。
私なんかに、もっと上手に嘘をついても良かったのに。
でも、私はそんなアツシさんの不器用さが、心底愛おしかった。
だけど、出会ってからまもなく半年がたとうとしている時、
ぷっつりとメールが来なくなった。


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