026-賭け。

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それでも、そんな思いを口に出すのは、思っていたより勇気がいった。

「セックス」という夫婦間の大事な問題なのに、
正面きって話すのは、どうしてこんなにも難しいだろ?
思えば、付き合いの長いホントに心を許せる友人にも、
ずっとセックスレスのことは言えなかった。
夫とも、そのことで何度も喧嘩はしたけれど、
じゃあ私達は今後どうしたらいいか、という話し合いにまではいたらなかった。

これは、私の最後の賭け。

「ねぇ、私はもうセックスしなくてもいいから、
せめて時々裸でスキンシップ出来ないかな?」

3月になろうかという頃だった。
私は努めて軽く、夫に提案してみた。
けど夫の口から出てきたのは、やはり彼らしい答えだった。

「なんでそんなことする必要があるんだ?」

やっぱりね。
でも、一応食い下がる。
「私はもうセックスはあきらめる」
「でも、せめてもっと触れ合いたい」
「たまにホテル行って、一緒にお風呂入ったり、腕枕してもらったり」
「それだけでもいいから」

夫は、何言ってんだ、という表情で私を見る。

「わざわざ金払っていくのか?」

不思議と腹はたたなかった。
ただ、身体の力が一気に抜けた。

わかっている。
この人は、本当に私を大切にしてくれてる。
出会った日から、変わらず私を慈しんでくれる。

でも、この問題だけは多分、どこまでいってもわかりあえない。

いつもは、ここで話し合いは終了。
私は夫を一瞥して、そのまま黙る。
けど、一言付け加えてみた。
もちろん、ケンジさんのことを思い出しながら。

「じゃあさ、私、他の人としてもいいかな?」

さすがに少し間があった。
でも、夫はこう言った。
私から目をそらしながらだけど。

「…別に」
「スポーツクラブ行くみたいなもんだろ」

「そっか…」
「私はアナタが他の人としたら、嫌だけどね」

今までは、ここまでダイレクトに聞けたことはなかった。
喧嘩の最中に腹をたてて口走ることは、何回かあったけど、
こうやってちゃんと聞いてみたのは初めてだった。

多分、私も怖かった。
夫の口から、そうはっきりと言われることが。

でも、私の身体がヘンテコになったのには、セックスレスは無関係じゃあない。

今、ここで駒を進めないと、またいつかダメになる。

けど、夫は、私の申し出を拒んだ。

その夜は、遅くまで携帯のメモ帳に思いのたけを打ち込んだ。
言われた直後は意外に平気でいられたけど、
あれこれ考え始めると感情が溢れ出して止まらなかった。

世界中で一番好きな男に、他の男としてもいいと言われたら?
私はいったいどうしたらいいのかな?
スポーツクラブで汗流すのと、同じなわけないじゃん。
アナタも、セックスがどんなものだか知らないはずないでしょ。
自分の妻が、知らない男になにされても平気なのかな?
そんなに、セックスしたくないんだね。

気がつくと、携帯を持つ左手が痺れていた。

また、身体のほうがうまくたちゆかなくなってきた。
薬を飲んでいないと、頭がぼーっとしたり、立ちくらみがする。

いっとき平気だった母親の存在も、日によって猛烈にダメになる。
彼女の一挙手一投足に、全部の神経が反応する。
頭がモヤモヤする。
叫びたくなる。

ダメだ。
このままじゃダメだ。

心療内科へは月2回のペースで通っていた。
過呼吸こそ出なくなったけれども、自立神経はまだ正常じゃあない。
相変わらずセックスレスなのも打ち明けた。

「アメリカだったら、立派な離婚理由ですよね…」
医者もそんな話をして、苦笑いするしかない雰囲気。

「なにか、スポーツとかして汗流すとか…」
いよいよ言うことがなくなってきたみたいなコトを言う。

心の中で私も笑ってしまう。

〈まさか、誰かとセックスしてみたら、とは言えないよなぁ〉

でも、私自身が一番良くわかっていた。

誰かとセックスしないと、私はダメになる。


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