それでも、そんな思いを口に出すのは、思っていたより勇気がいった。
「セックス」という夫婦間の大事な問題なのに、
正面きって話すのは、どうしてこんなにも難しいだろ?
思えば、付き合いの長いホントに心を許せる友人にも、
ずっとセックスレスのことは言えなかった。
夫とも、そのことで何度も喧嘩はしたけれど、
じゃあ私達は今後どうしたらいいか、という話し合いにまではいたらなかった。
これは、私の最後の賭け。
「ねぇ、私はもうセックスしなくてもいいから、
せめて時々裸でスキンシップ出来ないかな?」
3月になろうかという頃だった。
私は努めて軽く、夫に提案してみた。
けど夫の口から出てきたのは、やはり彼らしい答えだった。
「なんでそんなことする必要があるんだ?」
やっぱりね。
でも、一応食い下がる。
「私はもうセックスはあきらめる」
「でも、せめてもっと触れ合いたい」
「たまにホテル行って、一緒にお風呂入ったり、腕枕してもらったり」
「それだけでもいいから」
夫は、何言ってんだ、という表情で私を見る。
「わざわざ金払っていくのか?」
不思議と腹はたたなかった。
ただ、身体の力が一気に抜けた。
わかっている。
この人は、本当に私を大切にしてくれてる。
出会った日から、変わらず私を慈しんでくれる。
でも、この問題だけは多分、どこまでいってもわかりあえない。
いつもは、ここで話し合いは終了。
私は夫を一瞥して、そのまま黙る。
けど、一言付け加えてみた。
もちろん、ケンジさんのことを思い出しながら。
「じゃあさ、私、他の人としてもいいかな?」
さすがに少し間があった。
でも、夫はこう言った。
私から目をそらしながらだけど。
「…別に」
「スポーツクラブ行くみたいなもんだろ」
「そっか…」
「私はアナタが他の人としたら、嫌だけどね」
今までは、ここまでダイレクトに聞けたことはなかった。
喧嘩の最中に腹をたてて口走ることは、何回かあったけど、
こうやってちゃんと聞いてみたのは初めてだった。
多分、私も怖かった。
夫の口から、そうはっきりと言われることが。
でも、私の身体がヘンテコになったのには、セックスレスは無関係じゃあない。
今、ここで駒を進めないと、またいつかダメになる。
けど、夫は、私の申し出を拒んだ。
その夜は、遅くまで携帯のメモ帳に思いのたけを打ち込んだ。
言われた直後は意外に平気でいられたけど、
あれこれ考え始めると感情が溢れ出して止まらなかった。
世界中で一番好きな男に、他の男としてもいいと言われたら?
私はいったいどうしたらいいのかな?
スポーツクラブで汗流すのと、同じなわけないじゃん。
アナタも、セックスがどんなものだか知らないはずないでしょ。
自分の妻が、知らない男になにされても平気なのかな?
そんなに、セックスしたくないんだね。
気がつくと、携帯を持つ左手が痺れていた。
また、身体のほうがうまくたちゆかなくなってきた。
薬を飲んでいないと、頭がぼーっとしたり、立ちくらみがする。
いっとき平気だった母親の存在も、日によって猛烈にダメになる。
彼女の一挙手一投足に、全部の神経が反応する。
頭がモヤモヤする。
叫びたくなる。
ダメだ。
このままじゃダメだ。
心療内科へは月2回のペースで通っていた。
過呼吸こそ出なくなったけれども、自立神経はまだ正常じゃあない。
相変わらずセックスレスなのも打ち明けた。
「アメリカだったら、立派な離婚理由ですよね…」
医者もそんな話をして、苦笑いするしかない雰囲気。
「なにか、スポーツとかして汗流すとか…」
いよいよ言うことがなくなってきたみたいなコトを言う。
心の中で私も笑ってしまう。
〈まさか、誰かとセックスしてみたら、とは言えないよなぁ〉
でも、私自身が一番良くわかっていた。
誰かとセックスしないと、私はダメになる。