021-夫。

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車で国道を走っていると見えるホテルだった。
少し前にリニューアルして、綺麗になったのだけは知っていた。
いつか二人で来られたらなぁ、と思っていた場所だった。

今夜、それがかなった。

「どうする?休憩か、泊まりか?」
夫に聞かれ、改めて考える。

家が近いのに泊まるのももったいないし。
明日こそはちゃんと仕事行かないとまずいし。
ちょっと二人で話し合ってくると娘に言った手前、当然心配して待っているだろうし。

結局、休憩にした。

柔らかい照明の落ち着く部屋だった。

夫は一連の騒ぎで疲れ果てていたのだろう。
お風呂にお湯を入れ始め、さっさとバスルームに行ってしまう。

そんな夫に軽く失望する。
私達が18年ぶりにセックスする、特別な日じゃないの?
抱きしめてキスするとか、優しく服を脱がせるとか。
心の中でちょっとだけ期待していた。
まぁ、そんな洒落た真似の出来る夫なら、そもそもこんな苦労なんてなかったけどね。

私は心の中でつぶやく。

なんとなくだけど、夫は早く義務をはたして帰ろうとしているように思えた。
そんなつもりはなかったかもしれないけど、乗り気な感じではない。
半狂乱の私に、無理矢理つきあわされたみたいな。

気持ちが沈んでくる。

長い間の願いがかなうけど、その過程があまりにも壮絶過ぎて。
決して夫から求められてここにいるわけじゃあない。

でも気を取り直し、私もバスルームに行く。

改めて間近に見る夫の身体は、記憶の中よりもだいぶ歳をとっていた。
家の中では、なぜだろう?今までまじまじとみることを無意識に避けていた。
多分、私は夫の身体も好きでたまらなかったから、ちゃんと見られなかったんだろう。
ひとつ屋根の下に暮らす夫婦なのに、触れられないものなのがわかってたから。

向き合って、夫にくっつく。
あれこれ考えていたけど、こうして身体を密着させるだけで、とてつもなく幸せだった。

「ダメかもしれないけど」
申し訳なさそうに夫が言う。
「それでもかまわないよ」
そう、私は本当に行為そのものは、どっちでも良かった。

ベッドに移る。

わかったのは、私達はあまりにもセックスをしなすぎていた、ということ。
二人とも笑っちゃうくらい勝手を忘れている。
いまどきの高校生のほうがよっぽどうまく出来るだろう。
そして夫は、もともとセックスが好きでないと言い切る人だ。

なんとかしようとあせるうちに、時間だけが過ぎてゆく。
夫は萎えてしまったようだ。

けど、私は夫とこうして触れ合えただけで嬉しかった。
世界で一番好きな夫の肌に触れて、体温を感じられるだけで良かった。
本当に。

だけど、男の人にとってはそうじゃないんだろうな。
かえって自信を喪失させてしまったかもしれない。

気まずいまま、所在なくTVなんかに頼ってしまう。
二人でぼんやり画面を眺めて無駄に時間が過ぎてゆく。

夫は何も言わない。

思い切って私は提案してみる。

「私が上になるから指でして」
今まで私からそんなこと、もちろん言ったことはない。
でも、このまま帰るのだけは嫌だった。

夫も同意してくれた。

私の中に夫の太くて無骨な指が入る。
あますところなく感じようと、私は身体を動かす。

感じる。
大好きな大好きな夫の指。
それが私の身体の奥に当たっている。
嬉しい。
ただ嬉しい。
イケるかもしれない。

夫も言う。
「元気になってきた」

〈私達やっとひとつになれるんだ〉
嬉しさが込み上げてきた。

その瞬間電話が鳴った。
本当に狙ったようなタイミングで。
そろそろお時間です。お泊りにされますか、と。
考えてみたら、入ったのも10時をまわっていた。

私達の18年ぶりのセックスは、そこで打ち切られた。

今だから思うけど、泊まりにしていたら、私達はちゃんと最後までいけたろうか。
夫も自信をつけて、また昔のように私に触れてくれるようになったろうか。
セックスっていいな、と思ってくれたろうか。

今ならわかるけど、あれは最後のチャンスだった。
でも、あまりにタイミングが合わなすぎた。

それも神様の配剤だったのか。

けど、わかったことがある。
夫はセックスが似つかわしくない人なんだ。
もっと言えば、セックスという行為は、夫にはふさわしくない。

若い頃は好奇心もあったからしたけど。
でも、彼は本当にセックスが好きじゃないんだ。

わかった。


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