018-咆哮。

翌日シュンがメールをくれた。

《昨日ミオコはしたかったみたいだけど、
僕はもう一回きちんと話してからって思ってた》
《だから、拒絶とかしたわけじゃないからね》
《けど、人生最後のセックスは、やっぱり旦那とじゃないとね》

シュンらしい、気遣いにあふれたメールだった。

そうなんだよね。
私と夫はこの数ヶ月で、少しだけど前にすすめた。
もっともっと時間をかけていけば、いつか何十年後か、
つたないけど気持ち通いあったセックスが出来るかもしれない。
今のぎくしゃくした関係を、そんなこともあったね、と笑いながら。

それから二日後、突然立っていられなくなった。

いつものように仕事に行ったけど、どうにも身体がだるかった。
力がまるで入らなくて、しゃがんだらすぐには立ちがれない。
頭もハッキリしない。
呼吸もうまく出来ない。

私の身体はどうしちゃったの?
職場の皆に謝って、早退させてもらった。

とにかく全身がだるくて歩くのが辛い。
手近にあるものにつかまりながら、いつもの何倍もかけて駅に着く。
母に最寄駅まで来てもらうように電話を入れ、電車の座席に倒れ込む。

何が起きたの?
病気ひとつしたことのない身体なのに?

やっぱり更年期なんだろうか?
今日は無理でも、明日病院行ってみないと。

迎えに来てくれた母に頼む。

「悪いんだけど、ゆっくり横になりたいから、ウチあけてくれる?」

今の時間、夫は自分の部屋でTVを見てるだろうし、
娘も夏休みでのんびり寝ているだろう。
あとの3部屋が仕切りのない我が家では、私の寝ている視界に母が入る。
母のつけるTVの音も、母があれこれ動く音も聞こえる。
それだけは嫌だった。
何も音のないところで、ただただ昏々とねむりたかった。

「いいよ、どっかちょっと出掛けてくるわ」

それを聞いて心底安堵した。

夫と二人きりになって、何もかもぶちまけて泣きたかった。
母や娘の目を気にすることなく、抱きしめてもらってただ泣きたかった。
すれ違いの私達は、ゆっくり話せる時間があまりにも少ない。

今年の夏はおかし過ぎる。
私が私でなくなってしまった。

毎晩溢れ出してくる抑え切れない性欲。
夜中に何度も目が覚めて、なかなか寝付けない。
考えてみたら、もう二ヶ月近くになる。

やっと家に帰りついた私は、まだ良く立てない。

〈夫に泣きつきたい〉
〈抱きしめてもらって、胸のうちを全部ぶちまけたい〉
〈それより、早く横になりたい〉
〈お願いだから、早く出ていって〉

けど、母はなかなか出掛けようとしない。
それどころか、台所で何かを作り始めようとさえしている。
多分、早めに夕飯の支度をしてから出掛けようとしているんだろう。

それはわかる。
あなたが思い立ったら止まらない人なのも、
あなたが空気を読めない人なのも、誰よりもわかってる。
でも、一刻も早く出ていって。
私を夫と二人にさせて。

耐え切れずに、夫の名前を呼ぶ。

私は、台所に続く冷蔵庫の前にぐったりと座り込んでいた。
奥の部屋から出てきた夫は所在なさそうに立ち尽くしている。

「どっか外行って二人で話そう」
「いいよ」
夫は私のただならない状態に初めて気づく。

でもどこに?
近くには喫茶店もない。
外?
この炎天下に?
この家には私と夫が、ゆっくり話せる場所もないの?

もう、こうして座ってるのも辛いんだよ。
でも、貴方に抱きしめてもらったら楽になれる気もするんだよ。
でも。

「やっぱりいい」
そういう私を心配げに見ながら、夫は部屋に帰ろうとした。

顔をあげると、まだ出掛けようとしない母が、揚げ物の鍋を火にかけていた。

見た瞬間、私は両手で頭を掻きむしっていた。

49年出したことのない叫び声をあげて。

気がついたら夫につかみかかっていた。

ケモノのように吠えながら、拳を揚げて殴りかかっていた。


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