014-後味。

照明を落とした店、夜道、ホテル。
考えてみると、薄暗いところばかりにいた私達は、
駅が近づいて改めてお互いの顔を見る。

急に気恥ずかしくなる。
マサトさんも同じだったらしい。
「じゃあ、またね」
照れ臭そうに手を振って雑踏に消えていく。

ありがとう。

9歳も年上の、18年もしてない女を、抱いてくれてありがとう。

この夜の気持ちは一生忘れない。

〈私はもう、18年してない女じゃなくなったよ〉

大声上げて、みんなに告げたかった。
童貞でなくなった男の人も、こんな気分なのかもしれない。

道行く人の私を見る目も、変わったような気さえする。
ほんの数時間前までは、夫に18年触ってもらえなかった、
セックスレスで49歳のさえない女。

〈でも私、さっきしてきたよ〉
〈夫じゃないけどセックスしてきたよ〉
〈見て見て〉

胸を張って歩ける。
顔を上げられる。
私はこんなにもセックスレスにしばられてたんだ。

なんでもないふりをして、普通に生活してたけど。
妻も母親も会社員も、当たり前にやってきたけど。
けど、こんなにも負い目を感じてたんだ。

生まれ変わった。
呪縛がとけた。
もうカタワじゃないんだよ。

方法はほめられたもんじゃないけど、これでもう悩まなくてすむ。

夜も自分を慰めることはなく、一度も目覚めず朝まで眠り続けた。
翌朝、いつものように朝食をとる。

おいしい。
ちゃんとものの味がする。
味噌汁も、白いご飯も、昨日までとまるで違う味がする。

確かに、この夏の暑さで食欲もほとんどなかった。
サンドイッチや蕎麦を、かろうじてなんとか食べていた。
でも、それだけじゃなかったんだ。
この夏、私は味覚も失ってたんだ。

マサトさんにもお礼のメールを送る。
時間をおかずに返事が来た。

《昨日はありがとうございました》
《ミオコさんもオナニーばっかりしてないで、また声かけて》
《友達とか紹介してもらえれば、安くしとくよ》

開いた瞬間、削除した。

そういえば、出張ホストのサイト登録料がばかにならないって言ってた。
借金返すために始めた仕事なら、直接客とるほうがいいよな。

まぁ、いいか。
怒りはあったけど、こんなもんだろうな、と言い聞かせる。

でも、私は人生最後のセックスと思っていたのに、ケチついちゃった。

こんなことなら、あの時シュンに勇気出して言えばよかった。
私を知らない人じゃなく、私を深く知っている人とすればよかった。

夜、くさくさして久しぶりにタカコに電話してみた。
遠くて会うのはなかなか叶わないけど、高校時代からの気心許せる友人。
バツイチ、子供3人、きっぷが良くてノリもいい。

最近の夏祭りの一件から、ホスト君のことまで、洗いざらい話す。
さばけた彼女には、オナニーの話だって出来る。

「だいたいね、女抱いていい思いして借金返そうだなんて、甘いってんだよ」
相変わらず歯切れが良くて、小気味いい。
お互いグラスをカラカラさせて、遠距離飲み会。

シュンの話もしてみた。
そういえば、タカコは20代の頃にシュンと付き合ってたっけ。

「シュン君は優しいよ。なんかあるといつでもすぐに駆け付けてくれてたなぁ」
「うん、今もホントに優しい。言葉選んで、あったかいメールくれた」
「シュン君とミオコならいいじゃない。お互い家庭大切にしてるし」

タカコの言葉に少し心が動く。

最後にタカコはこう言って電話を切る。
「今度ミオコんちに、大人のおもちゃ箱いっぱい詰めて送ったげる」

笑った。
友達って、ありがたい。


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