007-ハグ。

来年50になるのに、結婚だってしてるのに。
今の私は男の人に対する免疫力ゼロな、
なんだかやたらヘンな奴になっている。

職場でもちょっと肩を叩かれたり、ちょっと手が触れたり、
そんな程度のことに、恥ずかしいくらいにビクッとする。

これって、大人のオンナとしてどうよ。

だから、軽くメールしたものの、
いざシュンに会うとなったら、緊張で身体がガチガチした。

こんなんで私とセックスしてほしいなんて、言える訳はないか。

「よぉ」
待ち合わせたシュンは、陽に焼けて元気そうだった。
49歳という年齢にふさわしく男の色気も備わってきて。
きっと今も、精力的に女の子と付き合っているのだろう。

お互いや友人の近況から、子供のこと。
ここ数年は会っていなかったから、話はつきなかった。

思っていたより重くならず、夫のこともこぼせた。
シュンは言葉を選んで、ひとつひとつに丁寧に答えてくれた。
結婚式で一度会っただけだけど、彼は夫に好意的だ。
もちろん、私の話を通しての夫しか知らないが、いつも褒めてくれる。
このところの私の苛立ちや焦りも、少しずつほぐれてくる。

夫は無口だけど、シュンはホントに聞き上手で話上手だなぁ。
女同士のようにおしゃべりに花が咲く。
久しぶりにお腹を抱えて笑った。
シュンも笑って言う。
「今日ってシリアスな話じゃなかったっけ?」

けど、私の心の中はずっと同じ言葉を繰り返していた。
かなわないことだと、恥知らずで無謀なことだと思いながら。

〈抱きしめて〉
〈キスして〉
〈セックスして〉

そんな気配は微塵も出さず。
笑いながら、あいづちうちながら。

でも私のよこしまな気持ちは、見えかくれしていたかもね。
勘のいいシュンは、気づいていたかも。
ただ、あまりに思い詰めた私が痛々しくて、
つとめて明るく振る舞ってくれたのかもしれない。

私は誰かに触れて欲しかった。
愛情とか、友情とか、そんなものなんか全くなくても構わない。

ただ、男の人に抱きしめてもらうということがどんなことだったのか、
そんなことすら忘れてしまった自分が可哀相で、
一度でいいから味わいたかっただけ。

〈抱きしめて〉
〈キスして〉
〈セックスして〉

「なんか、久々ゆっくり話せてよかったね」
そう言いながら店を出て、車に向かうシュンの後ろ姿に、
私は勇気を振り絞って言った。

このまま帰ったら、絶対に悔やむ。

「あのさぁ、ハグしてくれないかな」
言えた。

シュンは振り返って、何も言わずに抱きしめてくれた。
ギュッと。

私はやっと口に出せた安堵感で、身体の力が抜けた。
シュンの腕の中で深く息をついた。

うれしい。
あったかい。

とても長く感じられた。
シュンの優しい気持ちが、身体越しに伝わってきた。

男の人に抱きしめてもらうって、こんなに幸せなんだ。
こんなに無条件に安心するんだ。
長い間忘れていた。
18年ものあいだ。

「…ありがとう」
「どういたしまして」
シュンは笑ってくれた。


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