037-桜。

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秋から冬にかけて、私は久々に学校通いをした。
資格を取って、次の仕事探しをするため。
そういえば、学校選びのときにアツシさんに相談したっけ。
今までとは、まったく畑違いの分野だった。
「まぁ、これが仕事に結び付くかどうかは、わかんないんだけど」
弱気な私に、アツシさんは強く言ってくれた。
「でも、やることは決して無駄にならないよね」
嬉しかった。
その言葉に後押しされて、なんとか資格も取った。

学校が終わった日、報告メールをしてみた。
《おかげ様で、なんとか資格取れました》
数日たって、返信が届いた。
《おめでとうございます》
《僕は、相変わらず仕事に忙殺されています》
《時々、ミオコさんのこと思い出してます》
《今日も信号待ちしながら、どうしてるかな?って、考えてましたよ》
アツシさんらしいきちんとした文章。
懐かしい。

でも、私は思った。
〈もう、会うことはないな〉
二人の間には、もうあの頃みたいな熱はない。
それが良くわかる。
アツシさんにとって、私はもう「過去」になっている。
そして私にとっても。

今はユウヤ君がいる。
相変わらずメールは速い、そして軽い。
この人は深刻な内容にも、決して真面目に返してこない。
相変わらずだけど、
《ちょり~っす》
だったり、
《今からヤリたい!》
だったり。
〈…あまのじゃくなヤツ〉
だけど、付き合っていくと良くわかる。
本当はめちゃくちゃ誠実な男。
でも、照れ屋で素直じゃない、可愛い男。

改めてユウヤ君のプロフィールでも見ようかと、SNSを覗く。
でも、いくら探しても見当たらない。
「止めたの?」
会ったときにそう聞くと、あさってのほうをむいて言う。
「…もう意味ねぇし」

新しい仕事に就いて、予定を合わせるのが難しくなってきた中。
約束の前日にメールをすると、
《明日雨みたいだし、オレはなんかオックー》
《え~、ほんのちょっとでも会いたいよ》
《じゃあ、5分(笑)》
こんなメールが行き交う。
でも、彼は絶対に時間を作って来てくれる。
たとえ、2時間足らずでも。

ユウヤ君の誕生日が近づいていた頃、プレゼントしたくて聞いてみた。
《なんか欲しいものある?》
小さくて目立たないものでも、贈りたかった。
こんな返事がきた。
《プレゼントはいらないよ》
《ミオはオレとセックスしてくれる、たった一人のヒトだから》
《それだけでいい》
ふざけたメールばかりなのに、不意にグッとさせる。

そういえば。
なぜだか今まで、「ミオ」と呼ばれたことは一度もなかった。
親しい友人は、だいたい「ミオコ」だ。
会社では当然「〇〇さん」だし、ママ友だと「アサミママ」だし。
そして夫は結婚以来、何年も名前を呼んでくれない。
恥ずかしいとか、照れ臭いとか、そんなことらしいけど。
でも、本当は名前を呼んでほしかった。
触れてほしい、と同じくらい、私にとっては切実な願いだったかもしれない。
ユウヤ君はほとんどお前呼ばわりだけど、抱き合っている時は「ミオ」と呼ぶ。
世界中で私をそう呼んでくれる、たった一人の人。
彼にそう呼ばれただけで、濡れてくる。
耳元でささやかれただけで、イキそうになる
名前を呼ばれるって、こういうことなんだ。

最近、ユウヤ君との関係は少しずつ変わってきている。
この前は、ホテルを出てからユウヤ君の買い物につきあった。
二人が住む町から少し離れた、人目を気にしなくてすむ繁華街。
じゃれあって、くだらない冗談言い合いながら、品物を見てまわる。
彼のオススメのラーメン屋さんで、並んでラーメンをすする。
なんだか、おかしいくらいに二人ともはしゃいでた。
付き合いはじめて間もない、若い恋人同士みたい。
何年もの間忘れてた、そんな気持ちがただただ嬉しかった。

ユウヤ君も、いつもと違う顔を見せる。
歩きながら、ふいに言う。
「あれ、桜だよね」
「そうだね」
指差す彼方に、桜の木があった。
街中にぽつんと一本だけある、散りぎわの桜。
それに気づいてくれた彼にも、今二人で眺められるほんの一瞬にも、
なにもかにも感謝したかった。

私は今、とてつもなく幸せなのかもしれない。


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037-桜。 への2件のフィードバック

  1. のり のコメント:

    初めまして。
    最初から、涙で読ませていただきました。
    EDでできない夫で淡白で。でも愛していて。かなりつらい日々に麻痺してきているかもしれません。一度、心療内科に行きましたが合わないドクターの方向違いな指示に、余計オチコミました…。
    私もまだ間に合うかな。42才、まだ枯れたくない…。
    読んで、あなたみたいになれる自分を想像して、慰めています(T_T
    また来ますね。

    • ミオコ のコメント:

      コメント、本当にありがとうございました。
      そして返信が遅くなってしまって申し訳ありません。
      思い出すのが辛い出来事も、たくさんありましたが、改めて書いてきて良かった、思いました。
      セックスがしたい、と声高に言うのは、本当に勇気がいることでした。
      でも、このまま死んじゃうのだけは嫌だ、ただその一心で今に至った感じです。
      それぞれのご夫婦で、いろんな事情があると思いますが、ご主人を愛していればいるほど、辛さが増す気持ち、ものすごくわかります。
      でも、いつか時間はかかっても、お二人にとっての最良の道が見つかりますように。
      そして一人の女性として、人生が悔いのないものでありますように。
      心から祈っています。
      偉そうなこと言っちゃいましたが、本当に本当にありがとうございます。

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